何事もその人の境涯でしか見られない。

  • 2018.09.10 Monday
  • 07:19

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私の母は、中学卒業してすぐに、ここ船橋で暮らし始めました。

(私が結婚して船橋で暮らすことが決まったときに、この偶然の一致を不思議に感じたりね・・)

当時の会社の社長宅で、住み込みで働いたそうです。

祖父の事業が傾き、高校に進学できなかった母のことを、

私は長いこと「可哀想」と思ってきました。

あとは「うちはそんな貧乏な家系で嫌だな」とか、卑下した心がいつもあったのね。

 

でも今となってはこれもすべて、笑い話。

卑下していたことがね。

「母は可哀想」は私の視方であって、私の境涯では、そのような見方しかできなかったのよ('◇')ゞ

 

一方、義理の母は中学から私立に通っていたので、

母と同世代に生まれながら恵まれて育つ義母の話を聴き、益々卑下したものでした(;´Д`)

 

この二人の話は、単なる二つの事実があるだけで、本来はそこに上も下もない。

ただそれを聞いた人の境涯で、感じ方が異なるだけ。

 

しかも、母本人ではないにも関わらず、余計な言い訳をしていたりねw

「中卒でもちゃんと働いて、偉いもんだわ」とかね。

 

いや、それはそうなんだけど(;'∀')

実際の話、そんなことはなんでもいいんだよね。

 

母の人生でも義母の人生でも、どちらも尊い人生があるってだけ♡

 

ついでに言うと、かつての私は二世タレントとか二世議員がキライだったのね。

「恵まれてる」人全般が、どうしても嫉妬の対象でさ。

 

でも今は、人生には単なる事実があるだけで、そこに上下や高低差は実際には無いことが

腑に落ちたから、

「ただ私が、そう見えて居て、そう感じていただけ」ってわかる。

 

貧乏とか裕福とか、人は色々思うし見るし、感じるけども、

それらすべて、「視た人感じた人」の勝手であり、境涯で見るしかないのよ。

 

事実と上下をくっつけると、そこに嫉妬とか苦しい感情が産まれる。

 

恵まれている恵まれていないって、一言で見た目だけで捉えれば

そんなものはいくらでもなんとでも言えるけどさ。

 

どの状態に居ようが、言い訳も説明も要らない。

もし自分が「でも、ああいうのはいいなぁ。羨ましいなぁ」って感じるなら、自分もそれを、選べばいい。

取りに行けばいい。

 

昨日、たまたま母の昔話になったとき、「ばぁばは昔、船橋に住んでいたんだね」ってだけで、それ以上の感想が湧かず「いろんなことを上下として過去に捉えていたことが、あったんだなー」って思ったことで、この記事ができました。

 

ではではー!良い一週間を(^▽^)/

 

☆…☆…☆…☆…

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